To_AsteroidB216

140文字から溢れるTwitterをやる資格のないひと

創作の勉強ってなんだよって話

お久しぶりです!!!!!(1ヶ月ぶりの更新)

伏線回収。

 

ブログを作ったのでこれについても書いてみる。

 

創作の勉強って何?

よく「創作の勉強したいけどどんなこと学べばいいかわかんない」みたいなことを聞いては疑問を抱いていた。

創作の勉強ってなによ。

 

ワークショップがあるように、創作についてもプロから教わるアレがあったり、ユーキャン的なソレがあって技術や表現方法を習得できるんだと思う。習得できなきゃおかしいもんね。プロだもの。ユーキャンだもの。

先生から教わる。先輩から教わる。成功者から教わる。それも正解。否定する気はない。

 

「英語は文法と単語から成り立ちます。文法は先生が教えますが、単語はたくさんありすぎるので自分で覚えるようにしてください。」

「文法だけ知っていても、単語を知らなければ英文は作れません。」

って中学の英語教師が言ってた。

そういうことなんじゃない?

起承転結とか序破急とかを教わっても、創作のアイデア・ネタまで教わることはできない。そういうのは自分で探すもの。

 

もっと言えば、構成なんかはアイデアをよりよく見せるためのサポートでしかない。あればモチロンいいけど、なくても何とかなる場合もある。(構成なんか無くていいとは言ってない!)アイデアが大事。

英語が下手な私でも英語圏の人とコミュニケーションを取れたことがある。韓国で「カムサハムニダ(ありがとう)」と「マシソッソヨ(美味しかったです)」しか喋れなくてもフェイスパックを買えたことがある。

私がどういう風に外国の方々とコミュニケーションを取ったかは、出川イングリッシュとか、(関西ローカルだけど)ロザン菅が外国人に道案内するコーナーとかを思いだしてくれれば分かりやすいかもしれない。どっちも知らない人は、まあ、頑張ってください。

文法がダメでも単語だけで伝わるものは伝わる。文法ができない分は言い換え表現やジェスチャーで補ったし、文法があればもっとスムーズに意思疎通ができたはず。だけど確かに単語だけでもコミュニケーションは成立した。

文法だけ習ってても単語を知らなければきっとコミュニケーションは成立しなかった。「SVOC!SVOC!」とか言ってても「は?」って返されてたと思う。

 

創作はそれと同じなんじゃない?

組み立て方やちょっとした裏技なんかを知れば知るほど表現の幅は広がるけど、話の元となるアイデアは自分自身が得ていくもの。

だから創作の勉強に正解なんてないんだよ!終わり!

って言いたいけど、こういうところで終わるのは元々“できる人たち”だっていうのを私は知っている。私はできない人だからわかる。困るよねこういうところで話が終わるとね!

じゃあどうやって得るんだっていう話ですよ。創作の勉強って結局なんなんだって話ですよ。

できないなりに考えてみて、やっぱり創作のアイデアが人生経験の積み重ねから来るっていうのは一つあるんじゃないかなと思う。自分の経験から創作のネタになりそうなものを拾い上げる。「自分の人生に創作のネタにできるほどの経験なんてない」っていう意見もわかる、私だってそうよ。私も履歴書の趣味欄には読書・人間観察・音楽鑑賞とか書いちゃう人間。楽器も運動も勉強もできない。

「自分の人生には何もない」かもしれないけど、自分の人生に関わった人物から、事件から、環境から何か盗める情報はあるはず。

私の知り合いに少年院を経験した人がいた。当時は犯罪を自慢げに話すなよといらつきさえ覚えたけど、今となってはオイシイ提供者だったしもっと聞いておけばよかったと思う。私は創作ネタに貪欲な生き方をしている。超ポエミーになる時もある。空を見て「空を綺麗だと思うのは人間の特権なのだろうか」と考えたり、好きな人にウレシイ言葉を言われた時の体温の上がり方を脳に焼き付けまくったりしている。痛いなって思う時もあるけど、それはそれで「痛いキャラ」を表現する時に役立つし。

ちなみに愛の言葉を囁かれた人の体温は0.8℃上昇するらしい。高校演劇の恋愛モノなんかじゃ超絶使えるネタだと思っているのでここで広めておく。「0.8」みたいなタイトルでね。微熱があると思ったら恋だったみたいなね。

Twitterやってると創作ネタbotなんかをよく見かけるんだけど、あれを自分で作る気持ちで生活すれば創作ネタなんて自然に見つかりそうなものだ。一日の細かい何かに気づくもよし、図書館に行ってネタになりそうな情報をかき集めるもよし。

勉強の矛先はどんな創作をするのかにも関わってくる。コメディものを作るならお笑い芸人の漫才やコントを見るとかそういうの。というか、面白いものを作るために必要なのは「面白いものを見ること」だけじゃないと思ってる。面白くない作品を見て「つまんねー」と言えばそれまでだけど、そこから「どこが面白くなかったか」「どうすれば面白くなるか」を考えればそれは立派な創作の勉強になるのではないか。面白くないものを見ることも大事。

 

言ってしまえば創作のための勉強なんて今までの人生分そのままが既に積みあがっている。そこから自分がどうアイデアを探して見つけて創作に組み込めるか。他の作品を見るのも立派な勉強、作品鑑賞をやめて街で遊ぶのもまた創作の勉強。他の人の話を聞いてそのままネタにできそうならすればいいし、他人の話を取り入れられない性格なら自分でネタを作るだけ。

 

この世に無駄なものなど無いということは、創作に触れる人こそ実感するべきだと思う。

トラウマも甘いデートも創作のネタとして消化して昇華しちゃえ。創作と人生経験の相互利用をどんどんしちゃえ。

 

あ、あくまでネタはネタ、作品は作品ね。好きな芸人のネタをそのまま自分の作品に入れるとかはダメね。パクリとかもあるけど違和感が生じるから。あと自分の経験をテーマにしすぎた半フィクションみたいなのを作るのもちょっと違うのよね。自分を当てはめすぎた特に面白みのない自己満足作品を作るのはメンヘラがよくすることって言われるよね。そこについて話すともっと長くなるからまた今度ね。記事にしたり他の人と話せたりすればいいなあって思います。

 

あとめんどくさい人から反応来ないようにもう一回言っとくけど、この考えはあくまで私の考えであって創作の勉強方法は他にもたくさん存在します。効率的非効率的はあるにしろ(不正解ももしかするとあるかもしれない)、正解は一つじゃないです。自分に合った作り方を見つけるのがその人にとって一番の正解じゃないでしょうか。

 

以上「創作の勉強ってなんだよって話」でした。ありがとうございました。